コラム



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 「これは、スターが出演するのではなく、スターを作るミュージカルである」とは、『レ・ミゼラブル』のプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュが常々口にしてきた作品ポリシー。事実、85年に幕を開けたロンドン・オリジナル舞台からも、バルジャン役のコルム・ウィルキンソンやマリウス役のマイケル・ボールをはじめスターが生まれている。日本でも、エポニーヌを演じた島田歌穂が一気に脚光を浴び、88年にレコーディングされた『レ・ミゼラブル』ワールド・ヴァージョンに同役で参加もしている。
 もっとも、日本初演版は滝田栄、鹿賀丈史、斉藤由貴、岩崎宏美、鳳蘭、斎藤晴彦、野口五郎など、やはり有名スターをメインに据えたカンパニーだった。もちろん有名スターといえども、オーディションを経ての起用である。それに、セカンド・キャストには無名の、あるいは新人の俳優たちも入っていた。それでも、知名度の高いキャストを揃えてのスタートとなったのは、まずは作品自体の浸透を図ったためであろう。
すでにミュージカル・ファンの間では「ロンドンで『レ・ミゼラブル』というすごいミュージカルをやってる」と噂になってはいたのだが、日本での一般的知名度はまだ低かったのだ。なにしろ、現在とは異なりインターネットもない時代である。いかに素晴らしくても“無名”の作品で未踏の5か月ロングランに挑むには、スターのキャスティングが必須だったことは想像に難くない。
意図はまさに当たった。帝劇での5か月ロングランは満員御礼。88年の中日劇場、梅田コマ劇場を経て帝劇での凱旋公演ももちろん満席。『レ・ミゼラブル』の評価は定まり、人気ミュージカルとなったのだった。
公演を重ねるにつれ、『レミゼ』は「スターを生み出す作品」になっていく。いや、初演からすでに「スター誕生」はあった。まず、前述の島田歌穂。セカンド・キャストのコゼットだった鈴木ほのか、同マリウスの安崎求、同ファンテーヌの伊東弘美、同マダム・テナルディエの阿知波悟美らは、その後ミュージカルでの活躍の場を広げていった。『レミゼ』 をきっかけにミュージカル界での足がかりをつかみ、ステップ・アップしていった俳優も多い。その意味で、『レ・ミゼラブル』はミュージカル俳優の登竜門とも言えそうだ。

 
鈴木ほのか   安崎求

 
伊東弘美   阿知波悟美

 顕著だったのが94年上演版である。鹿賀と滝田のWバルジャンはそのままだが、プリンシパルにフレッシュな顔がずらりと並んだのだ。ジャベールには今井清隆(91年より同役)、マリウスには初演アンサンブルの宮川浩と『ミス・サイゴン』(92)オーディションで出てきた石井一孝、アンジョルラスに岡幸二郎、アンサンブルにも石川禅など、その後のミュージカル界を支える人材がいっぱいだ。ちなみに、この時のガブローシュを演じた子役の一人は、いまやマリウスや『ミス・サイゴン』でクリスを演じる原田優一だった。


 
今井清隆   石井一孝

 
岡幸二郎   石川 禅

原田優一

 その後も『レミゼ』はミュージカル・スターを輩出しながら、キャストを新しくしていく。97年版では、鹿賀と滝田に加え山口祐一郎がバルジャンとして新登場。ついでに言えば、この時のジャベールは村井国夫と川崎麻世、エポニーヌは島田歌穂と本田美奈子、マダム・テナルディエは夏木マリと森公美子、前田美波里といった顔ぶれだ。そういえば、88年からジャベールを演じてきた村井はそれまでミュージカルとはほとんど縁がなかったのだ。それが、今ではミュージカルのベテラン俳優である。
 

山口祐一郎

 
村井國夫   川崎麻世


 
本田美奈子   夏木マリ

 
森公美子   前田美波里

 オーディション・システムの浸透が、日本のミュージカル俳優の裾野を広げる効果を上げたのだ。次々にスターを輩出していくなかで、別の役で戻ってくるという嬉しい現象も出てきた。超ロングラン作品ならでは、である。前述の原田優一がまずアンジョルラスで戻ってきた07年版では、初演マリウスの安崎求もテナルディエ役で戻ってきた。もちろん、アンジョルラス役だった岡幸二郎や今拓哉がジャベールに、といった例は多い。キャスト交替のなかで、さまざまな俳優たちが華やかに、にぎやかに舞台を彩ってきた。そのいちいちを挙げる紙幅はないのが残念だ。

 
原田優一   安崎求

 
岡幸二郎   今拓哉

 作品自体も進化を重ねてきた。85年開幕のロンドン・オリジナル版を踏襲したヴァージョンは、厳密に言えば94年まで。次の97年版では、森の中でリトル・コゼットがバルジャンに出逢うシーンに二人の新ナンバーが加わり、それに伴う演出の手直しがあった。かなり変貌したのが03年版。リフレインをカットし転換をスピーディにして、上演時間を10数分短縮したのだ。これは、上演時間を3時間内に収めるべく短縮されたブロードウェイ版を受けての改変だった。日本初演20周年に当たる07年版では、ジョン・ケアードの濃やかな手直しを得て、03年版のスピードはそのままに、けれど情感と余韻の残る新鮮な舞台に変貌した。このヴァージョンは2011年まで。『レミゼ』の進化はまだまだ続く。

(文中敬称略)