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稽古場レポート
『Sherry(シェリー)』『Can’t Take My Eyes Off Of You(君の瞳に恋してる)』をはじめ、数々のヒット曲を生み出した4人組ボーカルグループ、ザ・フォー・シーズンズ。1960年代のアメリカで一世を風靡した彼らの栄光とその裏にあった影を、彼ら自身のヒットソング約30曲で描いたのが、2005年にブロードウェイで開幕したミュージカル『ジャージー・ボーイズ』だ。日本では2016年の初演が大きな評判となり、第24回読売演劇大賞をはじめこの年の演劇賞を総なめにする快挙を果たす。そして2018年の再演を経て2020年には帝国劇場に登場……のはずだったが、新型コロナウイルスの影響で全公演中止に。しかし急遽コンサートバージョンとして復活、すべてのエンタメが止まった緊急事態宣言明けにいち早く動き出したこの作品は、コロナ禍の演劇界の光になった。そんな、物語同様に栄光と苦難を乗り越えてきた日本版『ジャージー・ボーイズ』が、いよいよ本公演としては4年ぶりに始動、10月に日生劇場に登場する。今回はザ・フォー・シーズンズのリードボーカル、フランキー・ヴァリ役に、日本初演からシングルキャストで務めてきた中川晃教に加え、花村想太が新しく加わるのも話題。中川率いるチームBLACKと、花村率いるチームGREENは、基本的には稽古も別々に行っているそう。9月中旬、2チームの稽古をそれぞれ取材した。
物語はグループの盛衰を春、夏、秋、冬の4つの章(とフィナーレ)で構成、メンバーの4人がそれぞれの視点から見たグループの真実を証言していく形をとっている。最初に取材したのはチームBLACK。こちらは幻となった2020年公演のチームBLACKと同メンバーであり、フランキー役の中川、トミー・デヴィート役の藤岡正明は日本オリジナルキャスト。ボブ・ゴーディオ役の東啓介とニック・マッシ役の大山真志もコンサートバージョンに出演しているため、経験値も高く安定している印象だ。取材日は2幕冒頭、場面としては“秋”のシーン。すでに彼らはスターになっていて、望んだ成功を手中に収めながらも、少しずつグループ内の綻びが見えてきている。秋は大山扮するニックが語り部。グループの中の“四番手”扱いのニックがそれまで見せなかった本心を爆発する場面が見どころだが、大山はそこに至るまでを俯瞰的に、あくまでも淡々と語り、それがもの悲しさを誘う。
中川晃教
藤岡正明
東 啓介
大山真志
グループはコンサート終わりで、前年度のホテル代踏み倒しを理由に警官に逮捕されてしまう。ここで藤岡が待ったをかけた。4人の警官たちが、彼らを逮捕するという職務を全うしようとしているのか、フランキーのサインを欲しがっているのかはっきりしないと言うのだ。パパっと「ここはこう」と判断されるかと思いきや、キャスト全員が車座になって話合いがスタート。「前回までを単になぞらずにここが深掘りできたら、演劇として深くなると思う。だからここにこだわりたい!」と藤岡が熱く語れば、演出の藤田俊太郎も「これは通し役とそうではない役の差があるのは承知の上で言うけれど、“4人の(中身が)埋まっている俳優と、4人の埋まっていない俳優”に見えていることは確か。警官たちもそれぞれの中身を埋めてほしい」と要求した。作品の枠を超えた演劇論にも発展しつつ話合いは小一時間ほど続き、最終的には「各々持ち帰って考えよう」とはなったものの、藤岡が語った「グループの中で一番能天気に見えるのは俺(トミー)だと思う。でも実際のところ本当に能天気なのはニック。でもそうは見えないし、真志だって“俺は能天気です”という演技をしてはいないでしょ? 演じるってそういうことだと思うよ」という言葉は全員に響いていたようだ。
その後何度か小返しをしたあと、2幕冒頭から繋げて通すことになったが、ここで今度は中川がこだわりを見せた。2幕最初の「Big Man In Town」のテンポをどうやらこれまでの上演より少し遅くしたようなのだが、原曲や映画版の同曲を自分のスマートフォンでかけながら「テンポを下げるならここまで下げたい」と提案。音楽監督の島健らは少し難色を示したが、藤田が「稽古場は試す場だから、一回それでやってみましょう」と実演してみることに。結果、「この時代のテンポではあるが、今の感覚では遅すぎる」ということで意見が一致、もとに戻った形ではあるが、俳優たちもどんどん意見を言うカンパニーの積極的な雰囲気と、熱い向上心が感じられた一幕だった。ほか、グループとしてのハーモニーは少ししか聴けなかったが、やはり中川フランキーの鋭い高音は聴いていてワクワクするし、荒れた中にも悲しみを感じさせる藤岡トミー、育ちの良さからくる異質感がいいスパイスになっている東のボブ、ニックの飄々とした掴みどころのなさを気負わずに演じている大山、すでに個性がしっかり出ていて楽しみな限り。何より、三演目にして決して近道を通ろうとしないキャスト、スタッフの熱量、こだわりを強く感じられた稽古でもあった。
この日は中川晃教がチームGREENの稽古場を見学していた。
別の日、今度はチームGREENの稽古へ。こちらはニック役のspiが2018年からの出演、トミー役の尾上右近が2020年コンサートバージョンキャストで、フランキーの花村とボブ役の有澤樟太郎は今回初参加。チームの印象としては、いい意味でデコボコしつつも一体感もある、不思議な魅力を感じる。そしてやはり、フレッシュだ。
稽古にあたっていたのはBLACKと同じく秋の章。ニックが語り部であるせいもあるかもしれないが、やはりチームを引っ張るのは経験者のspiか。spiのニックは熱血さと同時に、どこか一匹狼的な孤高さもある。右近のトミーはチンピラ感はもちろん、トミーの焦りといった心境もビビッドで、さすが演技巧者だと唸らされた。意外にもチームの空気感を作っているのは最年少の有澤ボブかもしれない。後からグループに加わった人間ならではの冷静さ、少し距離を置いた感じがリアルで、ザ・フォー・シーズンズというグループの説得力が増す。
花村想太
尾上右近
有澤樟太郎 spi
有澤樟太郎 spi
そして花村フランキーは何といっても歌声である。ポーンと突き抜ける透徹さがありながらも、中川フランキーに比べると幾分柔らい。新しく、しかし間違いなく“天使の歌声”! コーラスとあわせてもクリアに聴こえる声量の豊かさも頼もしい。さらにダンスもさすがに普段Da-iCEとして活動している花村はアドバンテージがあるようで、稽古場では右近や有澤にコツを教えている姿も見られた。稽古場数時間の印象で語るのも危険だが、花村が音楽、ダンス面でリードし、spiと右近が芝居面を支え、有澤がザ・フォー・シーズンズらしさを体現している、といったところか。曲と台詞の合わせなどをピアノのまわりに集まって細かく行ったり、チームGREENは丁寧に稽古を進めている印象。続く「Beggin'」などのハーモニーも綺麗に響いていて、彼らがどんなザ・フォー・シーズンズ像を作っていくのか、非常に楽しみになった。
ほか、ギャングのボスであるジップ・デカルロ役の山路和弘の、抑えた演技から滲みでる迫力はなんだか海外映画を観ているかのような気持ちになったし、初演メンバーであるノーム・ワックスマン役の戸井勝海の復帰も楽しみなところ。裏社会の人間を演じるイケオジたちだが、しかし稽古場の隅でフィナーレナンバーの確認だろうか、二人でダンスの自主稽古をしていた姿は少し可愛らしかった。また、アンサンブルメンバーにも初演から出演しているキャストが何名かいるが、今までの上演とは少し違う配役もありそうだったので、作品ファンはそのあたりも楽しみにしていてほしい。
最後に余談であるが、これまでの上演では衣裳にドット柄が取り入れられていて、それに合わせ演出の藤田は稽古場にドット柄の服を着てきていたのもよく知られた話。……なのだが、その藤田がドット柄を着ていない! こっそり聞いたところ「そうなんです、2022年の僕らはさらなる違う場所を目指しています! だからもうもうドット柄じゃないんです。衣裳も楽しみにしていてください!」と、藤田。新たな衣裳も気になるところだが、よく見ると藤田はBLACKの稽古場では黒を、GREENの稽古場では緑のシャツを着ている。やっぱりどこまでも"ジャージー・ボーイズ愛"がある演出家なのであった。そんな演出家を筆頭に、妥協を許さずどこまでも作品のリアルとクオリティを追求するカンパニー。すでに両チームともグループのチームワークや空気感は醸成されていて、今は細部の磨きをかけている段階といったところか。その細かい積み重ねで、ラストシーンのあのきらめく感動がより増すのだろう。2022年版『ジャージー・ボーイズ』も、鮮烈な輝きを放つに違いない。
(取材・文・撮影:平野祥恵)